山の怖い話「おーい」の正体はカワウソ?【黒部の山賊】

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Kindle unlimitedで山系の面白い本をまた見つけてしまったので、感想を書きたいと思います。

「黒部の山賊」という本です。著者は伊藤正一さん。


終戦直後の昭和20年、日本は混迷期にありました。一片のパンを求めてさまよい、あちこちに行き倒れの姿が見られました。
そんな荒れ果てた世情を背景に、黒部を縄張りとして生きていた山賊達について書かれた内容です。

読んだその日に読破してしまうほど面白い本です。黒部を縄張りとして生きていた山賊達の生き方、その超人的なパワーや天才的な狩猟の才能彼らが作るゲテモノ料理など見どころは満載。まるで冒険譚を読んでいるかのようです。

その中でも山でよく聞こえる「おーい」という声の正体について書かれた章が一番興味深かかったので、そこをピックアップして紹介したいと思います。

山小屋で生活したり、登山でキャンプしていたりするとどこからともなく「おーい」と聞こえてくるとか。その「おーい」という声に絶対に返事をしてはならないとされています。

「おーい」という声は誰なのかどうして聞こえてくるのか?聞こえてきた場合、どう対処すればいいのか?本書の中から紹介したいと思います。

山の怖い話「おーい」の正体

「カベッケが原の不思議な呼び声」

最初に、登場する山賊達の紹介を簡単にします。

山賊達のプロフィール

  • 鬼窪・・・50歳前後。熊発見の名人。足が速く、ワラジを履いて常人の4日分のコースを平気で1日で歩く。体格は小柄。鬼窪を主人公にした本「黒部の山人」がある
  • 林平・・・40歳前後。岩魚釣りが上手い。体格は立派、丸顔。
  • 倉重・・・60歳前後。熊獲りの名人。小柄な丸顔の男でいつもニコニコしている

カベッケが原は薬師沢と黒部が落ち合うところです。場所はこちら。↓

伝説によると、カッパが化ける原、すなわち「河化が原」が由来だそう。

ある日、カベッケが原で釣りをして帰ってきた林平は、山で聞こえる「おーい」の話を神妙な顔つきで話し始めました。

林平「おめえたち、山で”オーイ”という声がしたら返事をしちゃあいけねえぞ、登山者なら”ヤッホー”というが、”オーイ”と言うのはバケモノだ」

著者の伊藤さんは「おーい」と言えばどうなるのか?と聞きます。

林平「”オーイ”と言った者は”オーイ オーイ”」と呼び交しながら行方不明になってしまう。
返事をするなら”ヤッホー”と言え。そうすればバケモノのほうが黙ってしまう。」

伊藤さんはそんな馬鹿な、と一笑に伏しますが、鬼窪と倉重も急に険しい顔つきになり、山で聞こえる「おーい」という声について語り始めました。

2人の山賊仲間は釣りに行った先や自宅の縁側で、「おーい」と行ったきり行方不明になってしまったそうです。

次の章で、「黒部の山賊」の中から、山で聞こえる「おーい」という声について実際にあった話を詳しく紹介したいと思います。

死を誘う”オーイ”の呼び声

ある夜のこと、林平、倉重、鬼窪の3人は黒部の谷で猟をしていました。

谷の方面から「おーい、おーい」と呼ぶ声がさかんに聞こえてきました。彼らの猟犬はその声のほうに向かって、何度も吠え立てます。

その時、倉重が「おーい」と返事をしてしまったのです。

林平「バカ!倉重、バケモノだぞ」

倉重は「おーい」と繰り返しながら、どんどん谷の方へ行ってしまいました。雪深く、その先は断崖です。人間がいるはずがありません。

林平と鬼窪は必死になって倉重を小屋の中へ引き戻しました。

「あのときは倉さんあぶなかったなぁ。どんどん変なほうへ行ってしまうんだもの、おりゃあ、やっとつかまえていたぞよお」
「うん、あんまり呼ばれるもんだから、夢中でそっちへ行こうとしたんじゃ。俺もあんときは変だったと思って、あとで考えたらば、あの日は喜作の命日だったんじゃ」

喜作とは、倉重の山賊仲間です。喜作親子は何年か前に同じ場所で猟をしていたところ、雪崩に巻き込まれて死亡しました。

「バケモノに呼ばれた人たち」

昭和24年(1949年)、星薬科大学の学生8人が黒部に登山へやってきました。

林平は「やいおめえら、カベッケが原へ行ってみろ、眠れねえぞ。夜便所へ行くとペロッと冷たい手でなぜられるぞ」と脅かします。

学生たちは興味半分でカベッケが原へ行ってみることにしました。学生達と林平はそれぞれ違うルートで出発し、カベッケが原で落ち合うことにしました。

学生達はキャンプをしながら最初は順調に進んでいましたが、カベッケが原に近くなるあたりから道に迷ってしまいました。

足の指先しか掛からないような絶壁の途中にへばりついたまま身動きが出来なくなってしまったのです。おそるおそる下を見ると、激流の端に白骨が見えました。

ああ、僕たちもあんなようになってしまうのかなあと心細くなっていると、林平が現れました。

「おい、お前たちどこへ行く」
「三俣へ」
「ほれ見ろ、もう化かされた。そもそも三俣の小屋は源流にある。それを下って行くって方法があるもんか」

彼らは林平に助けられて、カベッケが原の小屋に辿り着きました。夕方になってあたりが薄暗くなってきましたが、なんの呼び声も聞こえません。

「なんだ、バケモノなんて出ないじゃないか」と言っていると、突然、

「オーイ オーイ オーイ」と三声はっきり聞こえてきました。

彼らは「ヤッホーヤッホー」と叫びます。なんの返答もありません。

少し気味が悪くなってきたので、小屋の中に入りました。

しかし30分程立つと、「ガヤガヤ、ガヤガヤ」と話し声が近寄ってきました。

“ああ、やはり誰かきたのだ”と思って「ヤッホーヤッホー」と叫びます。誰もいませんでした。

彼らはその夜、便所を行くときには手をつないで護衛つきで行きました。

翌日、伊藤さんがいる小屋へ帰ってきた学生たちは目を丸くして「ほんとうに出た、ほんとうに出た」と驚いていたそうです。

一足先に帰ってきた林平「いやあ伊藤さん、やろうどもバカされて・・・」と愉快そうにしていました。

著者の伊藤さん「おーい」という声を聞いたことがあるそうです。大抵は夕暮れ時に二声か三声つづけて、とんでもない方向から明瞭に聞こえてくる、と書いています。

「おーい」の声の正体はカワウソ?

カベッケが原で聞こえる「おーい」という声はカッパとされています。
林平が言うカッパの特徴はこちら。

  • 毎年夏になると盆踊りする
  • アヒルのような、三本足の足跡を残す
  • 「キュー キュー キュー」という鳴き声を出す
  • 頭に皿を乗せている
  • 体の大きさは約50センチくらい
  • 泳ぎが上手い、水の中にいる
  • 太くて長い尾がある

これらの特徴は、黒部にいるカワウソの特徴と合致するそうです。

カワウソ泳ぎが上手く食料は黒部でよく釣れる岩魚です。太くて長い尻尾があることや体の大きさも同じくらいです。

三本足の足跡については、カワウソの五本の指のなかの三本だけが砂上に形を残したのではないかと伊藤さんは予想しています。

カワウソはさわいだりじゃれたりすることが好きな動物なので、「おーい」という声はカワウソが出しているのではないか?と伊藤さんは予測しています。

それを裏付ける証拠として、黒部に住む狸は人間の出す音を真似るのが非常にうまいです。

伊藤さんが山小屋生活をしている間に確認できた狸の擬音はこちら。

  • 「シャッシャッシャッシャッ。カチカチカチカチ」というセメントをねる音、石をたたく音
  • 金槌で叩く音
  • 材木を部屋に運び入れた時の「ガタンゴトン」という音
  • 嵐の音、雨の音
  • ノコギリの音
  • 大木を倒す音
  • 米をとぐ音
  • こんばんわゴンベエサン

いずれもどこか共通した感じの音であり、狸はこの種の音を出すのが得意なのではないか?と伊藤さんは予想しています。

伊藤さんは狸の擬音についての話は、狸に出来るならカワウソにもできるだろうというニュアンスを含ませています。

まとめると、カベッケが原には「おーい」と呼ぶカッパのバケモノがいるらしい。

カッパと噂される生き物の見た目や行動の特徴はカワウソに非常に似ている。

黒部に住む狸が人間の出す音を真似るのが巧みなことから、カワウソに出来てもおかしくはない。

「おーい」という声の正体はカワウソかもしれない。

ということになります。

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更に「おーい」の声の正体がカワウソではないか、と思わせる不思議な話を次の項目で紹介いたします。

カワウソを恐れる林平

林平は「おーい」と呼ぶバケモノと同じくらいカワウソも恐れています

それはとある事件が関係していました。

ある夜、林平は洞穴の中で寝ていました。突然、恐怖感が彼を襲い、身震いしました。

「いったい俺としたことが、どうしたわけだろう。この得体の知れない悪寒はなんのだめだろうか?」

耳元でささやくような若い女性の声地の底からしみ出てくるような男の声などが絶え間なく聞こえ、林平は身動きができませんでいした。

翌朝、林平はやっとの思いで穴から抜け出します。そこでどこからともなく一人の老人が現れ、次のような話をしました。

この近くで工事があった時、6人の人夫、そして炊事当番である自分あの洞穴に泊まった毎晩入口から若い娘が中をのぞく。ある夜、その娘がすーっと音もなく入ってきて入り口のほうから順に布団をめくって人夫たちの顔をのぞいて出て行った。翌朝目を覚まして人夫達に声をかけたが誰も起きない。彼らはみな、舌を抜かれて死んでいた。

老人「その後、死んだ六人の人夫たちのために六地蔵がまつられ、今日はその命日じゃのでわしはここへやってきたのじゃ。彼らが雄の大狸を獲って、狸汁にして食べてしまったので、雌の狸が敵討ちにしたのじゃ」

舌を抜いていった娘の正体は狸だと老人は言いますが、林平は「そんな残忍なことをするのはカワウソに違いない」と言います。女性に化け、舌を抜いていくのはカワウソのやり方だそうです。

「俺があんまり岩魚を釣りすぎると、カワウソが女に化けて夜、小屋へ入ってくる。カワウソの場合は入口の戸が開かずに、すーっと入ってくるからわかる。俺がだまって岩魚をさし出してやると、それを持ってすーっと出て行く。岩魚をやらなければ舌をぬかれるのだ。カワウソの餌をとってしまうのだから、それが仁義というものだ」

林平のカワウソへの恐れ方と「バケモノ」に対する恐れ方は似ています。
やはり、「おーい」の声はカワウソなのでしょうか。

まとめ

ここまでの話・本書に書いてある内容をまとめます。

  • 黒部のカベッケが原にはカッパが出ると言われている
  • 黒部のカベッケが原では行方不明になる者が多い
  • 黒部の山賊達は「おーい」の声の主を「バケモノ」と言い、非常に恐れている
  • 「おーい」の声に返事をしてついて行った者は行方不明になる
  • 「おーい」という声が聞こえたら、絶対に「おーい」と返してはならない、ヤッホーと返す
  • 「おーい」の声はカッパだと噂されている
  • カッパの見た目や行動の特徴は、カワウソととても似ている

結論として、「おーい」の声はカワウソである可能性が高いです。

しかし、実際に読んでみるとわかりますが、「カッパ関係の噂話が後を絶たないから、カワウソにしておきたい」という気持ちが少し感じられました。

伊藤さんは「おーい」という声=「カッパ」という前提で話を進め、カッパとされる生物の特徴に似ているからカワウソが声の正体だ、という結論に落ち着いています。

しかし、必ずしも「おーい」という声=「カッパ」ではないのです。

山賊達は「おーい」の声の主を「バケモノ」と言って非常に恐れており、「おーい」と発する「バケモノとカッパを明確に区別して話しています。

山賊達が言う「バケモノ」の括りにカッパは入っていますが、山賊達にとって「おーい」と発する「バケモノ」とカッパは別です。

もしかしたら「おーい」の声の正体は、カッパでもカワウソでもない「何か」かもしれません。

黒部の山にはあまり不可思議なことが多く、カベッケが原の章を繰り返し読んでいるとそんな気持ちにさせられます。

よければ本書でご確認下さい。↓

プロフィール詳細はこちら。https://yukamaeda.com/sonohoka/profile/

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